理念とプロフィール

はじめまして、びんちゃんです。

 

と、言っても知らないと思うので、
ちょっと自己紹介します。

 

私は中小企業のエンジニアとして働きながら、
いわゆるネットビジネスで「社長」やってます。

 

具体的にどんなのというと、、、

 

  • ネットビジネス社長
  • 仕事は毎日定時退社
  • 有給休暇は自由に取得
  • Twitterフォロワーは5800人以上
  • Twitterコンサルは70名以上
  • Twitter攻略法は18時間で60部販売
  • 平日2時間くらいブログやメルマガ執筆
  • 休みの日はビジネス仲間と作業会
  • ビジネスの先輩のコンサルに参加
  • メルマガで40代からのネット起業の情報発信

 

こんなことを毎日楽しくやってます。

 

でも、自分で起業する前は職場が嫌で嫌で
仕方なく毎日つまらなかったんですよ。

 

もし、あなたも

 

  • 今の職場が息苦しい、逃げ出したい
  • 職場の人間関係が辛い、苦手な人がいる
  • 出世で挫折、同期と差が付いてへこんだ
  • 今後の生活の先が見えない
  • 評価にさらされることに疲れた
  • 転属した先でうまく仕事ができなくてボロボロ
  • 上司に見限られた
  • 相談に乗ってもらえる人が欲しい
  • 上司がバカ過ぎて職場に行くのが辛い
  • 無理な仕事を振られる
  • 仕事を頑張っても評価されない
  • 奨学金が重荷になっている
  • 共働きでないと生活できない
  • 年金生活は期待できない

 

こんな気持ちがひとつでもあったら、
ぜひ、最後まで読んでみてください。

 

解決の糸口になると思うんです。

 

びんちゃんの理念

 

理念ってえらそうなほどのことでもないんですけど、
私なりの思いがあってネットビジネスをやってます。

 

今の職場を辞めたいとか、
自分の力で稼ぎたいとか、
脱サラ社長を増やしたいとか、
楽しいことを一緒にできる仲間が欲しいとか、

 

色々あるのですが、

 

一番思うのは、

「嫌々、働く人を減らしたい」

って、ことなんです。

 

私は本来、仕事って楽しいものであっていいと思ってます。

 

でも、多くの日本企業は違うんですよね。

 

  • なんでも我慢が美徳
  • いまだに年功序列
  • ピラミッド型組織が正しい
  • 信頼より肩書きが上
  • 昇進は実力ではなく好き嫌い
  • 声の大きい人が強い

 

こうして並べると異常ですよね。

 

でも、多くの人は「仕事だから」で片付けて、
仕方なく我慢しながら仕事を続けるんですよね。

 

なんでかって?

 

それは、他に選択肢が無いからなんです。

 

サラリーマン以外の稼ぎ方を知らないからなんですよ。

 

あなたも、

「起業は天才がやるもの。」
「経営は不安定でリスクが高い。」
「自営業は働き続けないといけない。」

なんて教わってきたんじゃないでしょうか。

 

でも、それ言ってた人って、

 

両親?
兄弟?
先生?
上司?
同僚?

 

ビジネス経験者じゃないですよね?

 

そう、経験したことない人が言ってるんですよ。

 

実は江戸時代まで日本には個人のビジネス文化があったんですよ。
でも、明治になってから急激に雇われる人が増えて途絶えたんです。

 

起業やビジネスって思ってるほど難しくないし、
危険でもリスキーでもないんです。

 

この話は無料メルマガでもしているので、
良かったら読んでみてください。

 

だから、私は嫌々働いているサラリーマンが
自由に好きな働き方ができるようになれる
情報を発信しようと考えたんです。

 

副業から始めて、
自分で稼ぐ力を身につけて、
サラリーマン辞める。

 

そこから、

 

好きな仕事をしたり、
新しく事業を立ち上げたり、
理想の会社を作ってみたり、

 

こんなことができたら、
できる人が増えたら、
一緒に仕事できたら、

 

単純に楽しいだろうなって思うんです。

 

だから、

「嫌々、働く人を減らしたい。」

こう思っているんです。

 

びんちゃんの実績

 

私の実績について、ちょっと話しますね。

 

なんか気がひけるところもあるのですが、
私の情報の証明になるので話すことにしたんです。

 

まず、社長やってます。

 

 

自分の会社を設立したときは嬉しかったですよ。

「よし!もっと頑張ろう!!」

って、なりましたね。

 

必ず会社を設立しなければならないなんてことはないんですが、
結婚して家計が夫婦で一緒なら早めに設立したほうがいいと思ってます。

 

それに「社長」ってカッコいいじゃないですか(笑)

 

次にTwitterですが、ガチでやってます。
ありがたいことにフォロワーはもうすぐ6000人です。

これはTwitterアナリティクスの画面ですが、
10日で544人のフォロワーを増やしたことがあります。

これは月間1500フォロー超のペースです。

今はこれほど伸ばしていませんが、
フォロワーさんは着実に増えています。

 

そして、その経験を基にTwitterコンサルや
Twitter攻略法をリリースしました。

 

Twitterコンサルですが70名以上の方の
プロフィール添削やツイートの修正を行ってきました。

 

さらにBrainでリリースした

【完全版】忙しい40代でもできる!!Twitter攻略法

は、18時間で60部を販売することができました。

嬉しい感想もたくさん頂きました。

 

Twitter関係ではこんな感じで活動しています。

 

びんちゃんのプロフィール

 

もうちょっと、私のことを知ってもらったほうが
発信する情報をより理解できると思うんで、
ぜひ読んで欲しいんですよ。

 

子供のときからものづくりが大好き

 

小学生の頃からプラモデルやラジコン、
Nゲージなど機械ものが大好きだったんですよ。

 

ただ、実はあまり器用じゃなかったんですね。

 

不器用というか、

「早く完成させたいっ!!」

って、気持ちが先走ってしまうタイプだったんですよ。

 

だって、早く完成させて遊びたいじゃないですか(笑)

 

例えば、

 

大して説明書も読まずにラジコンを組み立てたり、
分からないところを飛ばしてプラモデルを組み立てたり、

 

どちらかというと根気が無かったんでしょうね。

 

それに加えて飽き性でした。

 

上手く出来なかったら途中で投げ出したり、
めんどくさくなると雑に作ったり、

 

当時はものづくりのセンスはゼロでした。

 

だから、夏休みの工作とか凄くキレイなものを
作ってくる友達が凄く羨ましいと思ってたんです。

 

(今、考えれば友達は親のバックアップがあったのでしょうが、、、)

 

この雑で飽き性というのは、
社会人になるまでずっと続いたんですよ。

 

中学になってからはハム・パソコン部に入りました。

 

ハムっていうのは食べるハムじゃないですよ(笑)

 

アマチュア無線のことです。

 

最初はアマチュア無線に興味があって入ったのですが、
思ったものと違ったので次第にパソコンに興味を持つようになりました。

 

最初はBASICというプログラムが楽しくて色々とやっていたのですが、
次第に難しくなって理解できなくなり2年生から幽霊部員になりました。

 

本当に根気が無くて続けるのが苦手だったんですよねぇ。

 

高校からはMTB(マウンテンバイク)に没頭しました。

 

実はこの頃、日本でMTBが流行りだし、
これに乗じて高校入学のときにマウンテンバイクを
両親に買ってもらったんです。

 

買ってもらったのはブリジストンの完成車でした。

最初は良かったのですが次第に色々と問題が出てきたんです。

 

チェーンが切れたり、
変速が上手く動かなかったり、

 

「どうして、友達のMTBは問題が無いんだろう???」

 

最初は全く分かりませんでしたが、
色々調べていくと原因が分かりました。

MTBを構成する部品が、
私はM社、友達はS社だったんです!!

 

ここから火が付きました!!

 

お小遣いを貯めて、
何を使えばいいか徹底的に調べて、
問題のある部品を交換して、

 

高校卒業するまでに自転車は別物になっていました。

 

この頃からちょっとずつですが、

「問題があったら立ち止まって考える。」

ということができるようになったんですよ。

 

ここから私のMTB生活はしばらく続きます。

 

大学生の頃はクロスカントリーの
レースに積極的に参加していました。

 

クロスカントリーとは山に作ったコースを
周回して順位を決めるレースです。

 

他にも12時間耐久レースに一人で出るとか。

 

一度だけですが長野の白馬で行われたの
全日本プロクラスにも出場しました。

 

MTBは楽しかったのですが昔痛めたした左股関節の
調子が悪くなり次第に遠ざかっていきました。

 

大学の途中からはバイクに転向

 

ちょうどMTBに乗っていた大学生のころ、
友達がバイクの免許を取ってバイクを買いました。

 

最初は興味が無かったのですが、

「時間に余裕のある大学生のうちに免許を取ろう」

と、思って中型免許を取ってみたんです。

 

実はここから限定解除(今の大型自動二輪)や、
大型自動車まで取りました。

 

免許マニアですね(笑)

 

話がそれましたが、

 

でも、取ったら乗りたくなるんですよね(笑)

 

友達から10万円で中古のバイクを譲ってもらったんです。

 

これがめちゃくちゃ楽しかったんです!!

 

アクセル開ければスピード出るし、
どこへでも行けるし。

 

あちこちに行きました。

 

特に四国。

 

高知に友達の実家があって、
何度も遊びに行きました。

 

もう四国は地図不要ってくらい走りました。

 

あと、大学最後の年の夏に1月半北海道へ行きました。

 

北海道はめちゃくちゃ楽しかったです。

 

メジャーな札幌や旭川、
宗谷岬や網走刑務所、根室とか釧路とか。

 

道東は北海道らしさがありました。

 

特に良かったのは知床。

 

熊の湯に入ったり、
キャンプでエゾジカに襲われたり、

 

中でもカムイワッカ湯の滝が一番印象に残ってます。

 

当時は滝の下までバイクで行って、
滝に登ることができたんです。

 

そこで素っ裸になってお湯に入るんですよ(笑)

 

結構キツいお湯で体中がピリピリするんですよ。

 

今では絶対にできない経験ですね。

 

楽しかった大学生活も終わり就職

 

楽しかった北海道旅行も終わり、
帰ってきてから就職活動を始めました。

 

だいたい4年生の9月からというのが遅いのですが(笑)

 

実は就職に全然興味が無かったんです。

 

なんか、

 

就職先を必死に探して、
リクルートスーツ着て、
面接受けて、

 

みたいなのがバカっぽく見えたんです。

 

それでもなんとなく、

「バイクのパーツメーカーに勤めようかなぁ。」

くらいの感覚で資料こそ集めていたものの、
全く動いていませんでした。

 

そんなある日、研究室に顔を出したとき、
教授とこんなやり取りをしました。

 

教授「就職は決まったんか?」
私 「いや、全然考えていません。」

教授(ゴソゴソ・・・)

教授「ここ行ってみろや。」

 

と、中小の製造メーカーを紹介されたんです。

 

そして、面接に行ってみたところ見事合格(笑)
私は運が良かったほうだと思います。

 

私が卒業したのはちょうど就職氷河期

 

バブルが弾けて就職先が無く
第二次ベビーブーム世代で働きたい人はたくさん

 

最悪の状況でした。

 

大学の同級生の中にも正社員になれず、
派遣社員になる友達が何人もいました。

 

そんな中、正社員として就職できたのは、
本当に運が良かったと思います。

 

そして、無事に就職して設計業務に携わることになりました。

 

今でもここが私のエンジニアとしての原点です。

 

部長は癖の強い人でしたが真剣に仕事を教えてくれました。
課長はダメなことに対して本気で怒ってくれました。

先輩は色々と私のできないことを助けてくれました。
現場の人はダメな図面を指摘してくれました。

 

ここで機械設計の基礎となることを叩き込んでもらえたんです。

 

仕事は凄く楽しかったです。

 

でも、ひとつだけ問題がありました。

 

給料が安かったんです。。。

 

会社の地域性や業績が芳しくなかったこともあり、
給料は安く、残業も無く、賃上げも渋かったんです。

 

私の最初の賃上げは500円でした。

 

5年間勤めたのですが、
毎年こんな感じでした。

 

私は当時付き合っていた彼女との結婚も考えていました。

 

そんなとき、ある先輩が会社を辞めました。

 

理由は、彼女のお義父さんに

「そんな給料では娘を嫁にはやれん!」

と、言われたからでした。

 

それを聞いて、

「とてもじゃないけど結婚できない給与なんだ、、、」

と、思ったんです。

 

そして、転職を決意したんです。

 

転職して給料は上がったものの、、、

 

いくつか会社をあたったのですが、
その中で連絡をくれた会社に無事転職することができました。

 

給料は確かに上がりましたが、

 

超ブラックで企業風土が全然違いました。

 

特に風土という部分では長い間悩まされました。
以前の会社と正反対で仕事を教える風土が無かったんです。

 

どんな会社かというと、、、

 

  • 一人親方の集団で教えるシステムが無い
  • 「できるだろう」だけで仕事を割り振り
  • 長時間残業が当たり前
  • 残業カットの横行
  • 上司は「いかにタダ働きさせるか?」で評価される

 

以前の会社では仕事を教えてもらえたので、
仕事を教えない風土に全く馴染めませんでした。

そんな中でも私は経験者ということもあり、
仕事はどんどん流れてきます。

 

ここからどんどん負のスパイラル
飲み込まれていきました。

 

やり方を分からないで仕事をする。

ミスが出る。

ミスの対応に時間がかかる。

長時間残業になる。

頭が回らない。

またミスに繋がる。

 

最悪の負のスパイラルですよね。

 

この頃は、

 

  • 残業100時間オーバー
  • 残業代ゼロ
  • ほぼ毎週、土日サービス出勤
  • ひどいときは始発出勤・終電帰宅

 

肉体的にも精神的にも行き詰まっていました。

 

特に精神的にはヤバかったです。

 

通勤のときに駅のホームで、

「今、飛び込んだら楽になるんだろうな、、、」

って、思ってましたからね。

 

ここで自殺するかしないかなんてのは、
本当に紙一重なんだと思います。

 

一歩間違えてたら私も死んでいたかもしれません。

 

この頃に結婚して娘にも恵まれたんですが、
ふと考えたんですよ。

 

「こんな生活を定年まで続けられるのか?」
「娘の運動会とか行けるのか?」
「家族との時間は取れないのでは?」

 

「このままやと、アカンわ、、、」

 

ここから業務の改善を始めました。

 

最初は今の仕事をマスターするところから始めました。

 

チェックリストを作りまくってチェック、
ミスが出たら項目を増やし、
どんな些細なことでもチェックし続ける。

 

最初はめちゃくちゃ大変で泣きそうでした。

 

何をチェックしたらいいかも分からないし、
毎回チェックるので時間がかかるんです。

 

でも、しつこくチェックをしました。

 

すると、ミスが減ってきたんです!!

 

ちゃんとチェックすることでミスが減り
リカバリーする時間が減っていきました。

 

やっと人並みに仕事ができるようになったんです。

 

やっと職場で認められリーダーに抜擢されました。

 

そして、一人の後輩と一人のアシスタントさんと
一緒に仕事をできることになったんです。

 

このとき、自分で決めたことがありました

  • 肩書きではなく信頼で仕事をする
  • 納期は絶対に守る
  • 後輩やアシスタントさんが仕事できる環境を作る

 

これを絶対に守ろうと決めたんです。

 

最初は徹底的に後輩とアシスタントさんに仕事を教えました。
そして見れば仕事ができるようマニュアルを作っていきました。

 

さらにアシスタントさんでもできるよう、
社内システムを改善したり、
Excel化して入力するだけにしたり、

 

そう、部下やアシスタントさんが仕事しやすいよう、

 

徹底的にシステム化していったんです。

 

間でメンバーが変わったりしながら、
2年くらい続けたと思います。

 

私のチームは残業ゼロになりました。

 

残業ゼロどころか私の仕事は、
ちょっと難しい仕事をすることと、
システムの管理くらい。

 

ここまでやったのには理由がありました。

 

当時、私の上司など管理職は作業に追われていました。

 

私は本来の管理職の仕事をするべきで
作業は部下に任せるべきだと考えていました。

 

私が管理職に上がったときに任せられる
部下やアシスタントさんがいないと、

 

結局、自分が作業に追われてしまうだろうと思ったんです。

 

私は年齢的にもこのまま管理職に上がれると思っていました。

 

密かに、

「取締役まで行けるかも!?」

とか、思っていました。

 

でも、現実は違ってました、、、

 

年度変わりの4月に突如リーダーから外されて、
今までの仕事も取り上げられ、
部下もアシスタントさんも取り上げられたんです。

 

ひとりにされたんです。

 

上司からは何も説明はありませんでした。

 

このとき、アシスタントさんから聞いたのが、

「新しいリーダーの〇〇さんは去年の10月から、
 次のリーダーになるって言い回ってましたよ。」

という言葉です。

 

つまり、前年の10月には既に決まっていたのに、
私には何も説明はされなかったんです。

 

私の心の中は不信感でいっぱいになりました。

 

後日、上司との面談のときに確認したのですが、

 

私が外された理由は、「ミスが多いから。」
ということだけで具体的な説明はありませんでした。

 

めちゃくちゃ落ち込みました。

 

ミスを無くして認められてリーダーになったのに、
ミスが多いと言われてリーダーを外されたなんて、

 

意味が分かりませんでした。

 

現場の部長からは、
「おまえが管理職にならないなんて会社終わったな。」

他部署の同僚からは、
「おまえがミスが多いって言ったら〇〇はミスしかしてないだろう。」

アシスタントさんからは、
「びんちゃんさんを管理職にするよう社長に直訴してきました!!」

 

と、嬉しい言葉を頂きました。

 

しかし、私の心の中は会社に対する不信感でいっぱいでした。

 

「会社で昇進するのに実力って関係ないんやな。」
「やっぱり、好き嫌いだけの主観人事なんや。」

 

それでも、ここから任された仕事はやれるだけやりました。

 

頓挫していたプロジェクトを完遂したり、
30年間も標準化できなかった製品を標準化したり。

 

でも、評価は5段階の3。

 

昇進どころか級が上がることすらありませんでした。

 

さらに、この次の年度から目立った仕事が
回ってこなくなり雑務係となりました。

 

「座して死を待つ」わけにはいかない

 

私はものづくりが好きです。

 

昇進はできなくても仕事ができていれば、
それなりに楽しくやっていたと思います。

 

でも、それから外されるのは辛い。

 

それに生活がかかっている。

 

座して死を待つわけにはいかないんです。

 

実はリーダーを外されたときに
違和感を感じで副業の模索を進めていました。

 

そこから、不動産投資、講師業などを経て、
今はWebマーケティングとブログライティングを主体とした

 

いわゆるネットビジネスをやってます。

 

サラリーマンが40代からでも
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どんどん発信するので楽しみにしてください!!


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